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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)6958号 判決 1959年6月23日

浦和市常盤町十丁目百十七番地

債権者

長島知行

船橋市宮本町六丁目千三百六十三番地

債権者

佐久間健良

右両名訴訟代理人弁護士

光石士郎

篠原千広

本店

浦和市大字上木崎二十八番地

支店

東京都北区志茂町一丁目七百四十四番地

債務者

泰成光学工業株式会社

右代表者代表取締役

渡辺富士雄

東京都千代田区神田美土代町二十八番地

債務者

日成貿易株式会社

右代表者代表取締役

贄川節夫

右両名訴訟代理人弁護士

飯村義美

海谷利宏

右当事者間の昭和三十三年(ヨ)第六、九五八号実用新案に係る物品と同一又は類似品製造販売等禁止の仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり、判決する。

主文

一  債権者等において、共同で債務者泰成光学工業株式会社のため金百万円、同日成貿易株式会社のため金五十万円の保証を供することを条件として、次のとおり定める。

(一)  債務者泰成光学工業株式会社は、一個の両凸レンズの後方に一個の凹レンズを設けた二個のレンズよりなる一組の集光効果レンズと、その後方に適当距離を置いて、凹面を後方に向けた一個の発散効果のあるメニスカスレンズ(別紙第一図面表示のとおり)、平凹レンズ(同第二図面表示のとおり)あるいは両凹レンズ(同第三図面表示のとおり)を設け、合計三個のレンズをもつて構成された写真レンズ用望遠附加レンズを製造、販売、拡布してはならない。

(二)  債務者日成貿易株式会社は、前項の各物件を販売、拡布してはならない。

(三)  債務者等の(一)記載の各物件(未完成品を含む。)に対する占有を解いて、債権者等の委任する各物件所在地を管轄する地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

執行吏は、その保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

二  訴訟費用は、債務者等の平等負担とする。

理由(「事実」省略)

一、被保全権利の存否、すなわち、本件実用新案権侵害の有無について

(争いのない事実)

(一) 債権者等が本件実用新案権の共同権利者であり、債務者泰成光学が別紙第三図面表示の構造を有する望遠附加レンズを製造、販売し、債務者日成貿易が同物件を販売、輸出していることは、いずれも当事者間に争いがない。

(債務者製品は本件実用新案権の権利範囲に属するか)

(二) 成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案公報)の「実用新案の性質、作用及効果の要領」「登録請求の範囲」の各記載に、証人田中正之助の証言によりその成立を認めうる甲第十号証及び債権者長島知行の本人尋問の結果によりその成立を認めうる甲第十二号証並びに右債権者長島知行本人の供述を綜合すると、本件実用新案権の考案要旨は、別紙第一図面に示すとおり、「一個の両凸レンズの後方に凹レンズを設けた二個のレンズよりなる一組の集光効果レンズと、その後方に適当距離を置いて、凹面を後方に向けた一個のメニスカス分散効果レンズを設け、三個のレンズをもつて構成された望遠附加レンズの構造」にあり、従来の望遠附加レンズが集光並びに発散(分散)レンズともに二個以上のレンズをもつて構成され、実用品として高価であつたのを、より少数のレンズよりなる望遠附加レンズを考案することにより、その低廉化を図るとともに、レンズ数を少くすることによつて生ずべき各種の収差をできるだけ除去し、望遠附加レンズとしての性能を保持するため設計上の検討が加えられた結果、前示のような三個のレンズからなる望遠附加レンズが考案されるに至つたもので、同レンズは、レンズの周辺部に少量のコマ収差を残存するほか、その他の収差は実用上差支えない程度に除去することができる作用、効果を有するものであることが一応認められる。

すなわち、本件実用新案は、これを要するに、

(イ) 対物レンズとして、一個の両凸レンズの後方に凹レンズを設けた二個のレンズよりなる一組の集光効果レンズを用い、接眼レンズとして、その後方に一個の発散効果レンズを設け、三個のレンズをもつて構成されること。

(ロ) 右接眼レンズとして、凹面を後方に向けた発散効果のあるメニスカスレンズを用いること。

をもつてその考案構成上の基本的要件としているものと解される。

(三) これに対し、債務者製品は、別紙第三図面に示すとおり、一個の両凸レンズの後方に凹レンズを設けた二個のレンズよりなる一組の集光効果レンズと、その後方に適当距離を置いて、一個の両凹レンズ(発散効果のあることは、公知の事実である。)を設けた構造であり、前記(イ)の要件を充足していることが明らかであるが、前記(ロ)の点につき、接眼レンズとして、両凹レンズが用いられていて、本件実用新案といささかその構造を異にしていることが一応認められる。

(四) 債権者等は、債務者製品の接眼レンズとして用いられている両凹レンズは、その前面が実質的に平面とみられる程度の凹面をなしており、本件実用新案に用いられているメニスカスレンズと同様の作用、効果を有するので、これもまた本件実用新案権にいう「メニスカス分散効果レンズ」に含まれるものというべきであるから、債務者製品は結局前記(イ)(ロ)の要件をいずれも具備し、本件実用新案権にてい触する旨主張するが、前記甲第二号証の記載に証人木下是雄の証言によりその成立を認めうる乙第十四号証並びに同証人及び証人杉本清蔵の各証言を綜合すると、本件実用新案公報にいう「メニスカス分散効果レンズ」は、「発散効果のあるメニスカスレンズ」を意味するものと解するのが相当であり、かつ、債務者製品に用いられている前記両凹レンズがたとえその前面が実質的に平面とみられる程度の凹面をなしているとしても、光学上メニスカスレンズに当らないことは公知の事実であるから、債権者等の右主張は採用するに由なく、この点に関する甲第十一号証の記載並びに証人日置隆一の証言は、にわかに首肯し難い。

(五) また、債務者等は、二個一組の集光効果レンズと一個の発散効果レンズをもつて構成された望遠附加レンズは、すでに公知に属するから、本件実用新案権の要旨は、もつぱら前記(ロ)の要件にあるものと解すべきところ、債務者製品は本件実用新案とその構造を異にするばかりでなく、作用、効果の上においても顕著な差異があるから、債務者製品は本件実用新案権の権利範囲に属しない旨主張するが、債務者等主張のような三個のレンズよりなる望遠附加レンズがすでに公知であることについては、これを認めるに足りる疏明はない。もつとも、債務者等は、その疏明として、乙第七号証を挙げるが同号証に示されるアメリカのパテントは、写真機の対物レンズの焦点距離調整のための附加レンズに関するものであり、そのレンズ数も二個をもつて構成されているもののようであるから、債務者等の右主張を疏明する資料とはなしえない。

なお、債務者等は、前記のような三個のレンズの組合わせにより望遠効果を期待する技術思想は、すでに諸外国において望遠鏡に応用されて特許の出願がされ、公知の考案に属するものであり、本件実用新案並びに債務者製品は単にこの思想を望遠附加レンズに応用したものにすぎず、何ら新規性がないから、本件実用新案の主眼は、やはり前記(ロ)の要件にあるものとみるべき旨主張し、三個のレンズよりなる望遠鏡がすでに公知に属することは、債権者等の明らかに争わないところであるが、元来、実用新案権は、特定の技術思想を表現し、あるいは応用して考案された物品の形状、構造、組合わせに関する新規の工業的考案について付与せられる権利であるから、三個のレンズの組合せにより望遠効果を期待する技術思想がすでに公知に属し、かつ、この思想を応用して望遠鏡がすでに考案されているとしても、同様の思想を応用して、これとは別異の物品である望遠附加レンズが考案され、その構造、組合わせなどに新規性ありとして、実用新案権が設定せられても何ら実用新案権の制度の趣旨に背くものではないと解すべきであるから、前記のような三個のレンズの組合わせによる望遠附加レンズ自体がすでに公知のものと認められない以上、債権者等の本件実用新案に対し新規性があるとして、実用新案権が設定されても、直ちに不合理と断ずることはできない。したがつて、債務者等の右主張もまた採用する余地がなく、結局、前記(イ)の要件は、新規の考案としては、あるいは、比較的その価値が低いということができるかも知れないが、本件実用新案の考案構成上の必須の要素であることを否定するわけにはゆかない。

(六) ここにおいて、接眼レンズとして、本件実用新案権におけるように、凹面を後方に向けた発散効果のあるメニスカスレンズを設けた場合と、債務者製品におけるように、両凹レンズを用いた場合の異同について、更に検討されなければならない。

両者が外形上の配置、形状を異にしていることはいうまでもないが、その作用、効果についてみるに、各証拠を綜合すると、接眼レンズとして、発散効果のあるメニスカスレンズを、その凹面を後方に向けて設置した場合には、レンズに少量のコマ収差を残存するほか、その他の収差は実用上差支えない程度に除去することができるとともに、歪曲収差が良好となるのに対し、両凹レンズを用いた場合には、コマ収差が良好となる反面、歪曲収差が不良となり、右のような差異は両レンズの光学上の性質に起因するものであることが一応認められるのであるが、前顕各疏明によれば、一般的に右のような異つた作用、効果を持つ両レンズをそれぞれ望遠附加レンズの接眼レンズとして実用化する場合には、いずれの収差が大となつてもその実用化が妨げられるので、対物レンズ並びに接眼レンズにつき設計上の修正、検討が加えられる結果、本件実用新案の場合も、また、債務者製品の場合も、結果的にみて、その性能、とりわけ、各種の収差について実際上ほとんど見るべき差異のないことが窺われる。この点において、右といささか見解を異にする乙第一号証(吉村庄吉、吉村悟の鑑定書)、同第九号証(南一清の鑑定書)、同第十号証(新井健之の意見書)の各記載並びに前記新井証人の証言部分は、前顕各疏明とも対比し、たやすく左祖し難い。したがつて、接眼レンズに用いるべき発散レンズの形状並びに配置に関する前示の構造上の差異は、結局、合計三個の少数のレンズをもつて望遠附加レンズを考案することによつて生ずべき同レンズの性能低下を防ぐためその設計過程にあらわれたいわば、設計上の差異にすぎないものというべきであるから、債務者製品は、前記(イ)の要件を備えるとともに、(ロ)の要件についても、本件実用新案に類似し、その基本的構造並びに作用、効果を共通にするものであり、全体として本件実用新案権にてい触するものといわざるをえない。

以上説示したところにより明らかなように、債権者等が債務者等に対し、本件実用新案権に基き、債務者製品の製造、販売の禁止などを求める本件仮処分申請は、その被保全権利の存在について疏明あるものということができる。

二、仮処分の必要性の有無について

(一) 進んで、本件仮処分申請の必要性の有無について検討するに、各証拠を綜合すると、債権者長島知行は、三十数年来レンズの研究、設計、製作等の業務に従事して来たものであるが、昭和二十六年十一月二十六日、本件実用新案の出願をし、昭和二十八年九月十七日その登録を経たうえ、昭和三十二年二月十三日株式有社長島レンズ研究所に、同年十月サン光機株式会社に、それぞれその実施権を与え、実施料として、製品一個につき金五十円の支払を受けていたところ、前記サン光機株式会社は、同年十月二十八日当時製品一個金一千九百円で販売していたものを、輸出業者の値下げ要求により、同年十一月十二日以降一個につき金一千五百八十円に値下げを余儀なくされ、さらに昭和三十三年十一月十二日以降一個につき金一千三百三十円に値下げをせざるをえないこととなつたばかりか、値下りのためやむなく一部輸出業者との取引を中止し、平均月産高約五千個を数えていた同会社が相当甚大な営業上の損失を招いていること、しかして、右のような値下げによる損害は、債務者等の前記侵害行為に起因するところが少くないこと、債権者長島知行は、昭和三十三年七月四日、本件実用新案権の共同権利者となつた債権者佐久間健良とともに、右実施会社のため第三者の権利侵害行為を排除する義務を負担しているため右実施会社より前記損害の求償を受けるおそれがあるばかりか、同年十一月以降、月額約金二十五万円に上る実施料の支払も差止められていること及び債権者長島知行は、求年に亘つてレンズの研究、設計などに従事し、かつ、本件実用新案の考案者として、広く業界の信用を得ていたが、債務者等の前記侵害行為によつてその精神的利益も少からず害されていることが一応認められる。

(二) 他方、前記新井証人の証言によりその成立を認めうる乙第十号証並びに同証人の証言及び債務者日成貿易代表者贄川節夫の本人尋問の結果によりその成立を認めうる乙第十二号証並びに同本人の供述によれば、債務者泰成光学は、約百名の従業員を擁し、写真機用レンズ、望遠鏡、望遠附加レンズなどを業として製作、販売し、望遠附加レンズ並びに通常これと一組にして販売されるべき広角補助レンズの月産高は各々約一千個、金額にして約金二百八十万円に上り、その純利益は月額約八十数万円に達するため、仮処分によつてその製作、販売を禁止されるときは、直ちに右営業利益を失うほか、生産計画の転換、人員の整理、配置転換などにより相当程度の出費を余儀なくされることが一応認められ、また、債務者日成貿易は、主として、債務者泰成光学の製作にかかる望遠附加レンズの輸出、販売をその業としており、月間輸出、販売高約三百万円ないし五百万円の約八割を占めているため、その輸出、販売を禁止せられるときは、同会社としてまさに深刻な打撃を蒙るであろうことは、これを窺知するに難くない。

(三) しかしながら、元来実用新案権者に対抗しうる権限を持たないで、これとてい触する物品を製造、販売する者は仮処分によつて該製作、販売行為を禁止されることによつて、たとえ相当の損害を蒙ることがあるとしても、右損害が、仮処分の申立が許されないことによつて、実用新案権者の蒙るべき損害と比較し、はるかに、これを超え、衡平の理念に反する程度に至らない限り、仮処分を拒むことは許されず、みずからの損害を忍受するほかないものと解するのが相当である。

いま、これを本件についてみるに、債務者泰成光学は、その自認するように、本件望遠附加レンズの製作、販売は、全事業の約三割に当るから、仮処分によつてこれを禁止せられることにより、同債務者が直ちに、浮沈の関頭に立たざるをえないとは認め難く、また、同債務者の蒙るべき損害が債権者等のそれをはるかに超える程度のものであるとも認め難い。

債務者日成貿易については、前示のとおり、仮処分を受けることによつて甚大な損害を招くことが予想されないではないが、同債務者は、前記乙第十二号証により窺われるとおり、主として、債務者泰成光学と提携し、その望遠附加レンズを輸出するために設立された会社であり、設立後日も浅い小規模の輸出業者であること及び本件実用新案権が精神的所産であり、かつ、前記甲第一号証により明らかなとおり、その残存期間もあと数年にすぎないことその他諸般の事情を考慮するとき、同債務者等の侵害行為によつて債権者等の蒙るべき損害は、のちにこれを回復することが著しく困難であるうえに、同債務者の蒙るべき損害が債権者等の蒙るべき前記有形無形の損害に比して、はるかに重大であるとも断定し難いので、結局、債権者等に対抗する権限のないこと前説示のとおりである債務者等としては、債権者等の蒙るべき損害の前には、自らの損害を受忍するほかないものというべきである。

しかして、債権者等が、前記回復し難い損害を避けるため、債務者等に対し、その製作、販売にかかる前記望遠附加レンズの製造あるいは販売、拡布の禁止などを求めることがその唯一の方法にして、かつ、緊急に要請せられる措置であることも、すでに説示したところから明らかであるから、本件仮処分申請はその必要性の存在についても疏明があるものと認めることができる。

三、その他

なお、債務者等が別紙第一、第二図面表示の構造を有する望遠附加レンズの製作あるいは販売していることを認めるに足りる疏明はないが、前記各レンズがこれを構成する集光並びに発散レンズの光学上の数値において、本件実用新案と多少の差異があるとしても、その構造全体として、本件実用新案権にてい触するものとみるべきことは、すでに説示したところにより明らかであり、かつ、前記甲第四号証並びに前記田中証人、新井証人、田村証人の各証言に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、債務者等が、前記のような構造の望遠附加レンズを需要に応じて製作、販売するおそれもまたないとはいえず、これにより債権者等が回復し難い損害を蒙るであろうこともまた前段に説示したところから容易に推認することができる。

四、むすび

よつて、債権者等が債務者等に対し前記各望遠附加レンズの製造あるいは販売、拡布の禁止などを求める本件仮処分申請は、すべて理由があるものということができるから、これを認容することとし、債務者等の蒙るべき損害につき、債権者等に主文第一項冒頭掲記の保証を立てさせたうえ、同項記載のとおりの保全措置を命じ、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条本文、第八十九条、第九十三条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第九部

裁判長裁判官 三宅正雄

裁判官 片桐英才

裁判官宮田静江は転任のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 三宅正雄

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